風水について◇古代風水学 古代人と現代人の大きな違いを簡略化してみてゆくと以下のようになります。
文明① 「移住する生活」 「自然を畏怖した」→自然界の中で生かされているという認識→遊牧・狩猟生活 <生活必需品> 馬・駱駝・犬・儀式・託宣 <生活術> 狩猟生活のため、動物のいる方位に移動し狩猟するため「方位」を意識しはじめる。 方位を考えて動く八卦思想の発展。 文明② 「定住する生活」 「自然と調和しようとした」→自然界の中で生きようと能動的意志の芽生え→農耕・牧畜生活の始まり <生活必需品> 鍬・鋤・農耕道具一式・立法 <生活術> 定住し、農耕をするため「時間」を意識しはじめる。 時間と共に変化する五行思想の発展。 文明③ 「都市の中での生活」 「自然を超伏しようとした」→自然界と隔離し人工的な生き方の誕生→都市における生活の始まり <生活必需品> 携帯電話・電話・電脳・電化製品一式・政治・立法(電気椅子!?) <生活術> ありとあらゆる情報を処理する。(空洞化した都市の生活で孤独になり、「存在」を意識する) 自然界を模倣しようとして、はじまった人間の生活も、多種多様に発展し、たどりついた結論が、自然を重複し、自然を支配しようとするいたって単純な発想でした。 かつて、小生は日本での現象学における碩学新田義弘教授に「ギリシア悲劇は何故生まれたのか?」という問いを投げ与えられ、それを考えるようにいわれました。 最近、やっとその答えが見えてきました。かいつまんで説明すれば、人間が自然の中で生かされているということから、自然の中で生きてゆくという変化の中で生まれたものです。そして、この変化こそ、儀式や生け贄の誕生だったのです。そこから、人間は、失うことの痛みとして「悲劇」というものを認識し始めたのです。あくまで、かいつまんだ説明ですが、「儀式の誕生と悲劇」というのが正式な意味だと小生は考えています。それは、自然界の中で「生かされている」という畏怖から、「生きて行こう」とする移住生活から、定住生活、遊牧生活から農耕牧畜生活へとの変遷の中で、人が、人為的に自然と相対するようになり、発生した儀式と生け贄としての供物が、人類が「悲劇」というものを誕生させ、認識した始まりだったのです。 農耕生活が始まり、川の氾濫で自然に広がった被害を見つめている人間は、それを畏怖し、そのような自然の被害を恐れ、人為的に人が自然と繋がろうと、被害のために、供えたのが、人身御供であり、これらの行為は、特にアニミズム文化を持つ地域の歴史に広く見られます。人間にとって、最も重要と考えられる人身を供物として捧げる事は、神などへの最上級の奉仕だという考え、今日でこそ人権等の考え方から個人が尊重されている訳ですが、古代社会では人命は災害や飢饉によって簡単に失われる物だったため、気紛れな自然に対する畏怖のため、人身を捧げる風習が発生し、特に災害に於いては、自然が飢えて生贄を求め猛威を振るっているという考えから、大規模な災害が起こる前に、適当な人身御供を捧げる事で、災害の発生防止を祈願しました。 そして、古代ギリシアギリシア悲劇は、古代ギリシア時代に、アテナイのディオニュシア祭で上演されていた悲劇またそれに範を取った劇からはじまったことからも、わかるように、悲劇はアニミズム社会の発生、つまり、宗教儀式として、人身御供を神殿において捧げることにより、人々の意識に悲しみが深く認識され、自然界で「生かされている」という事実から、「生きていこう」とする能動的な意識の変化は、遊牧生活から農耕生活への変遷に繋がり、人間は、自然界の版図で広がる自然界の脅威を神殿の中で縮図として、人身御供という脅威を作り出し、殺し、捧げることで、災害を避けようとしている意識を悲劇という形でみなの心に刻んだのです。それは、儀式の中で自然界を表現し、時間や事象の変化を縮図化し、儀式は死をもって完結し、人々は自然界から免れることの出来ない死の認識をしたのです。それが、悲劇の誕生だったのです。 最近、見た映画に韓国の『グエムル 漢江の怪物』というのがあります。「韓国ソウルを流れる大河の漢江(ハンガン)に、謎の怪物“グエムル”が現れ、次々と人を襲う。河川敷で売店を営むパク家の長男カンドゥの中学生の娘、ヒョンソも怪物にさらわれてしまう」という、いたって単純な怪物映画のようですが、そこには韓国人の無意識に潜む儀式があると私は考えています。ここまで説明で、儀式とは、自然界で、生かされていることから、生きて行こうと自然を模倣し、調和しようと試みた結果、自然界の脅威である死を擬似的に作り出し悲劇を認識するために必要だった、言わば「自然の法則の模倣」、「死の認識」、「悲劇の誕生」という見解にいたりました。そして、この映画『グエムル 漢江の怪物』にも、現代における儀式なるもの、人間の無意識に宿る自然界に対する脅威というメッセージがこめられています。漢江というソウルを横断する514KMにも及ぶ広大な水量の川は、排水が垂れ流しにされ、韓国の高度経済成長に伴って、汚染されつくされました。この映画に出てくる魚に良く似たグエムル(怪物)は、不当に投棄された化学薬品で汚染された漢江から出現し、人々を大量殺戮し、広大に張り巡らされた漢江に通じる下水道に人間を誘拐し、食料として保存します。その中には、子供や中学生がいて、ストーリーは進展していきます。結局、主人公の中学生の女の子ヒョンソは(パッケージの表紙の子)、家族が一丸となった救出に一歩及ばず、自分よりもより小さい男の子を庇い、グエムルに食べられてしまいます。環境破壊によって生まれた怪物が、人間を殺戮するというメッセージ以外にも、この映画大変大事なメッセージを含んでいます。それは、自然界における間違った儀式、人間が自分たちの都合だけに作った「偽造儀式」に対する自然界からの警鐘です。 韓国における2005年統計庁の発表によると人口の約3割がキリスト教徒とされています。韓国では土葬が、中心として行われており、土葬墓地が全国土の1%(ソウル市の面積の約1.6倍)にもなってしまい、新たな土地確保が難しく、政府が火葬を奨励し始めました。とりわけ、首都ソウルに住んでいる人々は狭い土地事情もあり、は、親より早く死んだ子供を火葬し、残った骨を南漢江(ナムハンガン)に捨てるという愚行を韓国のキリスト教徒(人口の約3割)は、繰り返しました(今も続いています)。そして、これは着実に韓国、とりわけ首都ソウルに住む人々の悪習になったのです。 これは、韓国人が南漢江(ナムハンガン)に遺骨を捨てれば成仏するようになるという民間信仰レベルの自分たちの都合だけに作った「偽造儀式」に他なりません。 そのため、この映画グエムル(怪物)は、子供たちを誘拐し、漢江の下水溝に隠し、食料にします。結果、主人公の中学生の女の子(親より若い)は、漢江(ハンガン)から生まれたグエムル(怪物)に、食べられてしまいます。死んだ子供の遺骨を捨てるのに使われていた河を代弁する怪物は、生きた人間の子供を誘拐し、食料とするという逆説、つまり、そこには生きている者だろうと死んだ者だろうと、等しく扱う気持ちを甦らせてくれるのです。それは、子供を想う(生きた子供に対して)・子供を偲ぶ(死んだ子供に対して)という同じ想い、同じ人の心なのです。人の心こそ、全て、それを忘れてお墓も立てずに、子供の遺骨を不法投棄して、河に捨てるという心なき行為に対してのアンチテーゼなのです。 そのため、南漢江(ナムハンガン)に子供の遺骨を不法投棄したことのある人々は、この映画が韓国で上映され、『グエムル 漢江の怪物』というタイトルや宣伝を目にしたとき、意識的かあるいは無意識に過去に対する慙愧、もしくは自分が罰せられている気がしたことかもしれません。 この映画は、漢江(ハンガン)という雄大な自然のつくりあげた河に「汚染物質の不法投棄」、「遺骨の不法投棄」、「下水による環境破壊」を繰り返すなどの韓国人社会(特に首都ソウルに住む人々)に潜む、後ろめたいものを次々に浮き彫りにしているのです。それは、人々が自然を欺く行為による敵対として現れた深刻な環境破壊に対する警鐘なのです。 現在首都高速の山の手地下トンネルが12月22日に開通しますが、この地下30Mのトンネルの中で車から排出される二酸化炭素を濾過して地上に排出する為に、年間60万トンの二酸化炭素が削減できるそうです。ちなみに、渋滞も20%緩和できるとか。 我々が次の文明④に行きつくまでの大きな課題、もしくは既に芽生えつつある次のステージの文明は、「自然を超伏しようとした。でもできなかったために、自然を甦らせようとする」という課題が見えてきます。 すでに、壊れた自然界の秩序が、「北極の永久凍土」を溶かし、水没の危機に瀕した国も出てきました。 結局のところ、自然を超伏できると信じるにたる科学が、地震の予想一つできずに、たくさんの死者を出すスマトラ島沖地震のような大惨事を回避できないのも事実です。 日本国内においても、阪神大震災、新潟震災など多くの死者を出しています。そして、関東大震災のときと異なり、それらの地震による最大の死因は、地震による建物倒壊による圧縮死です。つまり、文明の技術によって作られたものによって殺されるという現実。それは、あたかも、交通事故によって、日本国内だけでも、ここ最近の十年で7万4千人死んでいます。 つまり、地震による建物倒壊による圧縮死にしろ、乗用車の運転による交通事故死にしろ、文明の利器として、「より便利、より快適」の目的によって開発され、生産されたものによって、人々は日々殺されているのです。 我々は、立ち止まって考えるべきなのではないでしょうか? 「より便利、より快適」の追求は、自然界にそぐわない現象に対する正しい回避方法ではなかったと。 かつて、古代人たちは、川の氾濫などに見られる自然界の人間に猛威を振う現象と出くわしたときに、生け贄を捧げました。自然界に対する畏怖であり、自然界との対話でもあったわけですが、現代人はそれを不気味なシャーマニズム世界として認知していますが、どうでしょう?一体どれほどの人が、文明の利器といわれる発明品によって、殺され、大気や川や海を汚し、森林を伐採して環境を破壊しているのでしょうか? 例えば、東北地方・北海道で古い方法を用いて集団で狩猟を行う狩猟者集団で、特に青森県と秋田県の「マタギ」は、有名ですが、彼らは、決して米のとぎ汁を川に流しません。彼らの土地を敬う精神なのです。ところで、赤潮(あかしお)と呼ばれる現象は、プランクトンの異常増殖は、魚介類を死滅させるだけでなく、影響を受けたものが人体にも深刻な影響を与えます。そして、この赤潮と呼ばれる原因は、家庭排水から出る米のとぎ汁が主要な原因とされています。 このように、古くから見られる土着の人々の知恵こそが、それぞれの国にあるロハス的なあり方であり、それを見直すことこそ、ロハスなのではと考えてしまいます。 最近、よく考えるのが、アメリカ発祥のロハスと日本的なロハスは違うのではという事実です。日本には古くからの東洋的な精神の中にロハス思考、考え方や生活様式、が盛り込まれている気がします。 実は、風水にも、土着の考え方が盛り込まれたものの見方がかなりあると思います。また、日本の気学まがいの巷に普及している風水には、うんざりしますが、戦前の資料を見たりしていますと、信じられないくらい高度な技術や思考が使われていた形跡があります。 たとえば、私が台湾で習った「水法」の一つは、もともと日帝時代の日本統治による台湾で、神社の掃除をしていた小僧が、神主が日本に引き上げる前に、その小僧に与えた原稿用紙数枚の手書きの紙の中に書かれていました。 また、台湾でつぶれかけた出版社からわたされた本は、『乾坤国寶』と『劈破荊山』などの風水古典の名著で難解のものが、流暢な日本語で完璧に和訳されていました。 既に、50年以上たっているので、著作権が切れていますが、和訳した人は、日本の僧達です。 つまり、日本の裏側の宗教関係者たちの間では、かなり高度な風水を習得し、その脈々とした流れがどこか目に見えない裏側の世界で使われているのを感じます。確かに、遣唐使派遣から始まって莫大な国費をかけて、中国の宗教学問を吸収した日本が、その後、そういった五術のようなダイレクトに宗教に関係した学問の摂取を怠るということ自体考えられません。 実際に、その後、明朝に日本にやってきた中国の識者である隠元禅師は、黄檗山萬福寺の設計をしたことでも有名です。これがまた風水師たちをうならせる風水造形美としての理想的な芸術とされています。つまり、隠元禅師は、明らかに風水を知っていました。ちなみに、隠元禅師は、インゲン豆を持ってきたことでも有名ですし、日本における煎茶道の開祖ともされます。 このように、部分的ではありますが、日本の歴史を見てゆくと風水・ロハス的なものが、既に根付いているように思われます。あとは、それぞれの文化圏におけるアミニズム・シャーマニズム世界を見つめなおし、掘り起こすという作業こそが肝要なのかもしれません。 結局のところ、古代社会から現代における文明までの流れを「自然界における人間の意識変化」という点で追って見ると、現代において文明の利器「より便利。より快適」の恩恵にあずかるという事で、我々は自然を畏怖していた時代よりも多くの生け贄を出しているのではないでしょうか?
④非人間 の世界なのだと思います。 それは、「人間に非ず」という意味で、人間が「死をも超えて続いてゆく」意識を創造し始めることなのです。 それは、現代があたかも、インターネットの時代といわれるように、人々がオンラインゲームやネット世界での仮想化された生活に慣れきっていることに見られる、文字だけが書き綴られ更新してゆく世界を仏教では、「金剛界」と呼びます。 そして、次の未来は、「現時逃避としての意識の逃避」ではなく、人々が気づきと言われるものを大事に育み、「死」というテーマを乗り越えてゆく時代だと思うのです。 チベット密教の世界観に見られるように死後の世界を意識に浸透させ、人々が現世のライフスタイルを大きく転換させてゆくことからはじまる先天と後天が合わせ鏡のように繋がって行く世界になるのでしょう。 多くの伝統宗教が、それを「後天開闢思想」と呼び、模索している最中のようです。 長くなりましたが、小生が「古代風水学」と呼ぶのは、「場所・時間・存在」を結びつけ、確実に次の未来に繋がって行く、人間が「死をも超えて続いてゆく」意識を創造の一つだと考えています。 たとえば、本来、風水は陰宅から出発し、風水理論により、先祖の遺骨を良い場所を選定し埋めることで、後の子孫の繁栄を願うものでした。それは、家族関係、先祖との関係として現れて、儒教思想に見られるように「修身斉家治国平天下(身を修め、家を斉(とと)のえ、国を治め、天下を平らかにする)」という儒教思想と融合し、先祖を敬うという東洋人の持つ古き良き心を生み出しました。 この遺骨という死者に対する扱い方こそ、「死をも超えて続いてゆく」意識や考え方を表しているのではないでしょうか? このように、実際の風水には、「死をも超えて続いてゆく」意識や考え方がたくさん反映されています。それが、残念なことに、現世利益とのみ結びついた結果、唯物論的な物に対して反応した事象と結果ばかりを追う、現世利益としての風水として現代に繁栄されているのは、嘆悲しいことです。 そのため、私が次の未来のために考える「風水」とは、「場所・時間・存在」の人間を位置づける三つの要素を再び一つにまとめ、「死をも超えて続いてゆく」意識や考え方を未来の地球のために残してゆくことこそ、意識をまとめるという意味からも「心理風水学」と呼ぶものであると考えています。 そのために、次の時代の架け橋として、我々の為すべく事として、以下の点が今後の課題になると思います。 これらの五点は、風水が、人間の存在に基づいて帰納する原則であり、そのような風水学の顕われのためには、考慮されるべき点だと考えております。 一、 古きを知り、新しきを知る。古典研究。 二、 自(おの)ずから然(な)りたつの法に則(のっと)る。儀式の尊重と復活。 三、 人間の意識を結ぶ「場所・時間・存在」三要素を満たす。 四、 現世利益にのみとらわれない「死をも超えて続いてゆく」意識・環境の創造。 五、 父性の復活。先祖崇拝の復権。 私は、以上の五点が今後、風水研究家や風水実践家にとって、考慮されるべき問題であり、目の前の家を見るだけの風水ではなく、風水という素晴らしい文化から未来を見つめて欲しいと願ってやみません。そして、確実に古代風水と呼ばれる、唐代以前の風水には、儒教思想でとになえ続けられた「修身斉家治国平天下(身を修め、家を斉(とと)のえ、国を治め、天下を平らかにする)」が根底に流れていたという確信を私は持っています。 ◇現代風水学現代における世の中の仕組みは、欲望という原動力で動く社会であり、人であり、風水にしても、奇門遁甲(実際、奇門遁甲は風水の一派である奇門派)にしても、「人より良い運になりたい」というのが趣旨の間違った方向で加速しています。
本当の風水や奇門遁甲の使われる用途は、人が死を通過して、亡くなる前に、子孫に栄えてもらい。一族が続いて行ってほしい。「残された一族の幸せを願う」ものでした。そのために、風水は、陰宅から始まりました。風水という言葉の語源も、郭璞の『葬経』と呼ばれる陰宅の書から始まっているのも事実です。 つまり、風水は、「子孫の繁栄と幸せを願う」、ものであり、社会が継続してあり続けること、最終的には、「人間の営みが続いて行くことを祈願」するために、用いられた自然科学だったのです。そして、「人類の存続と繁栄」を願うため、ひいては「地球の存続を願う」ためににあったのです。 この様に考えますと風水とは、儒教そのものである「修身、斉家、治国、平天下」のためにある古代人の政治であり、希望であり、地理学だったということです。 言い方を変えれば、儒学を学べば、風水を学ぶ必要がないとされ、古代では、儒教より軽んじられたのが風水でした。 何故ならば、風水の陰宅にある死を持って陰宅を作り、自身の骨を持って、子孫の幸せを願う死後の「修身」という概念よりも、儒教の生前の「修身」のほうが、高尚とされたからです。 今日では、儒教は廃れ、お手軽に運が良くなるという安易と怠惰な発想から、「欲望する機械を助長する」ために風水が用いられているのが悲しい現実です。 そのため、儒教で言う修身の徒は、術数というものを信じるに足らないものだとし、己を磨く修練こそが全てなのです。 しかし、風水一つとってみても、何が正しくて何が間違っているかを判別できないのが人の常です。例えば、禅では、終身打坐をし「ただ枯れて行くだけ」の禅に警鐘を発したのが、臨済宗中興の祖である白隠禅師や近現代の中国においては、蒋維喬(因是子)などです。禅の中に養生を組み入れ、仙から禅へ新しい進歩をもたらしました。それまでは、間違った姿勢や内観が説かれ、早死にしてしまう禅僧が多かったのですが、日本臨済宗においては、白隠禅師以降、禅病と呼ばれる禅僧の打座による早死にが減りました。 つまり、正しい智恵や知識が説かれなければ、時間をいくらかけても、禅病と当時呼ばれていた病にかかってしまい(現在では精神病と認知されている)早死にしてしまうだけだったのです。 正しいものが正しく説かれ、何事にも進歩は起きるのではないでしょうか。そして、何が正しいかは、白隠禅師や因是子のように伝統文化に住まう内部の人間しか、判別できないのも一つの伝統社会の事実であり、現実なのではないのでしょうか。 崩さず、足さず、引かず、よりあるがままの姿の伝統風水とは、地勢を読み解き、その読み解いたものが、ある目的に沿って、続く運命の連鎖なのではないでしょうか。 それは、欲望の向かうべき目的ではなく、「人類の繁栄」、「地球の存続」のために、用いられてきたのが、本当の伝統風水の「ありのままの姿」であり、そのために、古代の風水師たちは、神聖な土をいじったのでした。そして、そのような行為は「動土」と呼ばれ、土を動かし、地勢をいじることによって、気の流れを変化させ、向かうべき目的は、一家の繁栄、一族の繁栄、国家の繁栄、世界の繁栄、そして、世界が繁栄するために、人類の存続、人類が存続するために、「地球の存続」という祈願に到って、我々の足元にある「地球」のために、土を動かしたのです。それが、「動土」の始まりであり、「方災」を防ぐことから、「地球」のために、用いられたという過程を無視してはならないのです。それは、あたかも、「地球」のために、家庭を無視してはならないのと同じ意味です。 見方を変えれば、死後、棺桶に入り、棺桶が土に入れる時のみ、土を動かす儒教の徒は、その生のあり方が、生きている時こそ「修身」であり、死後に掘るという我が身を土に埋める時のみ、「修身」にしようとする生の意味を無視した、「修身」のあり方を説く、風水思想のみに偏った人々は、古代社会においては、卑しいものとされ、占験を説く人々は、清代に完成した学術の総体制、『四庫全書』の中でも、片隅のおまけの扱いしかされなかったのは、古代社会においては、ものの道理が通った時代だったのではと考えております。 風水とは、儒教そのものである「修身、斉家、治国、平天下」の最初の部分にしか触れようとしないのですから。社会において低俗な扱いを受けたのは言うまでもありません。 文章 山道帰一
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