茶通について

かつて、台湾で一緒に修練をしていた同門の友人は、ある晩、ぼくの家に来て、一緒にお茶を愉しんだ。当時から、お茶にこだわるぼくは、自分で産地の茶畑に直接買いに行くほどのこだわりで、同門の仲間達からは、「あなたの家でお茶を飲むと、お茶屋さんでお茶を買えない」と苦情を言われるほど、茶通として知られていた。

 また、同門の友人たちは、「あなたは、茶通王だ。そして、お茶についてよく研究している。(你是茶通王。也是對茶葉很有研究!)」と、誉めてくれたものだった。それが、嬉しくて産地の茶畑までお茶を買いに行くのが楽しみになっていたのかもしれない。これが、ぼくが広尾で経営する茶通の語源の一つでもある。 

 その日、友人は一緒にお茶を愉しんだ後、帰りがけにふと思い出したように後ろを振り返って、笑顔で一言だけ言ったんだ。
  

「茶葉農場快樂嗎?我想畢業這個實驗農場。」
茶畑は楽しいですか?私は、もうこの実験農場を卒業しようと思います。 
 



 もっと早く、彼の決意に気づいてれば、説得できたかもしれない。いや、説得する必要があったのかは、定かでない。彼は、同門の中でも、群を抜いて、呼吸法に長けていた。とりわけ、無呼吸状態である呼吸を停止させる胎息において、彼の右に出るものはなかった。

 次の日、顔を合わせることがなかった友人だが、数日後に、病院の霊安室で再会した。安らかな死に顔だった。彼は、私の家を去った後、自分の部屋にこもり、身の回りのものを整理し、二度と帰ってこない旅に出た。死亡診断書には、心不全とだけ書かれていた。肉体を捨て去り、仙崖境を越えて行ってしまった。

 先に上がってしまい、この世に何も未練さえ残さなかったほど、道を究め尽くした友人でも、最後に会いたかった朋友がいた。飲みたかったお茶があった。ぼくが農場を駆け回り、見つけてきたお茶たちは、今は広尾の茶通に保存されている。友人が帰って来た時に、また一緒に飲めるように。

 自分の意志で、この世から去って行った友がいたことを忘れない。ぼくは、友人のとった行動を否定しない。それどころか、尊敬している。そう、ぼくは、友人を否定しないのだ。互いに尊敬できるからこそ友人だった。ぼくにとって、友とはそういう存在だ。互いに貧しかったが、最高のお茶を最高の友と共に、愉しんでいた日々が懐かしい。名も知られず、社会的な地位もなく、誰にも挨拶されることも敬われることもなく、トイレから出て行くように、この世を去ったが、ぼくの自慢の最高の仙友だった。今でも。

 そして、未だにこの実験農場に残り、奮闘しているぼくを見て微笑んでいると信じている。

 苦しいときほど、最後の笑顔と、彼がぼくに問うた言葉を思い出す。
 

               「農場快樂嗎?(農場は楽しいですか?)」

(文 山道帰一)

Chatu

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