本書に託した願い
誰もが行ける場所という前提を踏まえて、
風水の探求してきたパワースポット(穴)を見つける旅を三年近く日本国内でしてきました。
ブログでは「風水バカ一代」「風水のある旅」「風水西遊記」と、色々と題を打って特集をしていたここ三年です。
そんな旅についてよく人々に聞かれたものです。
人は言います。
「あなた何のために、そんな旅をしてきたのですか?」
私は応えます。
「あなたは、今まで食べたご飯粒の数を覚えていますか?」
そう、後になって振り返ってみれば、生きて行くために食べていたお米ですが、
生きて行くためにしていたことに、人間は留意などしていないのです。
だから、一言で応えたい。
「生きているって感じたかったから。」
こんな感じで、世に問おうと思っていました。
「アナタは今を生きていますか?」
そこから生まれた本書『風水パワースポット紀行』という実態のある書名と共に、
サブタイトル「きっと人生が変わる場所」という名前が与えられました。
それは、気づきであるかもしれないし、今の自他共に哀れみをかけ、優しくなれる対話かもしれません。
そう、それはあなたに何かを感じさせてくれる幸せなひと時だと約束したいのです。
大地との対話は続き、生きていることを強く充実させてくれる場所を風水の観点から探訪し続けてきました。
それは、「穴の情を明かす」ことに他ならなく、人間と大地のコミュニケーションを信じて、
人が自然に帰っていくそんな瞬間の扉が開かれた絵扉のような本であることを約束いたします。
そして、この本で一番言いたいことは、
大地自然に遍(あまね)く存在する風水の指摘するエネルギースポットを皆様にお伝えすることで、
多くの人に大地の恵みと人間との密接な結びつきを感じていただき、
そして、そこから何らかの「気づき」を得ていただければ、著者としてこれほどうれしいことはありません。
山や川は見るだけで私たちの心を大きく、広く、力強くさせてくれます。
昔より、名山や名川を見て育った人に英傑(えいけつ)が多いといわれるのもその所以です。
名山や名川が美しい美なるものと判断する共通の心を私たちは持っており、人間には審美眼があります。
光と影のコントラストによって我々は視覚化されたものを映像として再現します。
そこには光が濃ければ、影が薄く。
また、影が濃ければ光が薄いという「陰陽」の摂理があります。
どのような美にも、人間心理に共通の光と影のコントラストが潜み、
それが共通のものであるが故に、我々は審美眼があり、美を美として判断することができるのです。
そして、そこに共通の人間の認識があるということが、我々が美を判断できるという前提でもあり、
そして、我々が目に見えない共通な繋がりを持っており、
それを仏教で言うのならば「仏性」であり、
道教ならば「道」であり、
儒教では「善」、
キリスト教ならば「愛」と言い、
風水ならば「気」と言うのです。
その人間の本性における共通な繋がりである「審美眼」がある限り、そこには美を断ずる「風水」は必ずあるのです。
この大地が織り成す環境や景観そのものが、私たちの意識に大きな影響を与えている事実に気づいた時、
私たちは、環境汚染や乱開発、無闇な植林、山や山裾の破壊、枯渇するまで汲み上げる源泉や井戸といったものにもっと注意を払い、
山や川をはじめとする美しい自然をもっと慈(いつく)しむことができるようになるのではないでしょうか。
かつての日本人が自然に意識できた感覚「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしつかいじようぶつ)」に顕著なように、
草や木も人間と等しく成仏し、生命は因果を持って流転する、この自然と人間に確かにある繋がりと、
その繋がりとともに暮らしていた本来の世界観を取り戻して欲しいと切に願っています。
そこから変わる何かがあると信じて、本書は執筆されました。
本書を通じて、そんな「気づき」が多くの人々に訪れることを願ってやみません。
山道帰一 庚寅年七月二日于恵比寿
風水の探求してきたパワースポット(穴)を見つける旅を三年近く日本国内でしてきました。
ブログでは「風水バカ一代」「風水のある旅」「風水西遊記」と、色々と題を打って特集をしていたここ三年です。
そんな旅についてよく人々に聞かれたものです。
人は言います。
「あなた何のために、そんな旅をしてきたのですか?」
私は応えます。
「あなたは、今まで食べたご飯粒の数を覚えていますか?」
そう、後になって振り返ってみれば、生きて行くために食べていたお米ですが、
生きて行くためにしていたことに、人間は留意などしていないのです。
だから、一言で応えたい。
「生きているって感じたかったから。」
こんな感じで、世に問おうと思っていました。
「アナタは今を生きていますか?」
そこから生まれた本書『風水パワースポット紀行』という実態のある書名と共に、
サブタイトル「きっと人生が変わる場所」という名前が与えられました。
それは、気づきであるかもしれないし、今の自他共に哀れみをかけ、優しくなれる対話かもしれません。
そう、それはあなたに何かを感じさせてくれる幸せなひと時だと約束したいのです。
大地との対話は続き、生きていることを強く充実させてくれる場所を風水の観点から探訪し続けてきました。
それは、「穴の情を明かす」ことに他ならなく、人間と大地のコミュニケーションを信じて、
人が自然に帰っていくそんな瞬間の扉が開かれた絵扉のような本であることを約束いたします。
そして、この本で一番言いたいことは、
大地自然に遍(あまね)く存在する風水の指摘するエネルギースポットを皆様にお伝えすることで、
多くの人に大地の恵みと人間との密接な結びつきを感じていただき、
そして、そこから何らかの「気づき」を得ていただければ、著者としてこれほどうれしいことはありません。
山や川は見るだけで私たちの心を大きく、広く、力強くさせてくれます。
昔より、名山や名川を見て育った人に英傑(えいけつ)が多いといわれるのもその所以です。
名山や名川が美しい美なるものと判断する共通の心を私たちは持っており、人間には審美眼があります。
光と影のコントラストによって我々は視覚化されたものを映像として再現します。
そこには光が濃ければ、影が薄く。
また、影が濃ければ光が薄いという「陰陽」の摂理があります。
どのような美にも、人間心理に共通の光と影のコントラストが潜み、
それが共通のものであるが故に、我々は審美眼があり、美を美として判断することができるのです。
そして、そこに共通の人間の認識があるということが、我々が美を判断できるという前提でもあり、
そして、我々が目に見えない共通な繋がりを持っており、
それを仏教で言うのならば「仏性」であり、
道教ならば「道」であり、
儒教では「善」、
キリスト教ならば「愛」と言い、
風水ならば「気」と言うのです。
その人間の本性における共通な繋がりである「審美眼」がある限り、そこには美を断ずる「風水」は必ずあるのです。
この大地が織り成す環境や景観そのものが、私たちの意識に大きな影響を与えている事実に気づいた時、
私たちは、環境汚染や乱開発、無闇な植林、山や山裾の破壊、枯渇するまで汲み上げる源泉や井戸といったものにもっと注意を払い、
山や川をはじめとする美しい自然をもっと慈(いつく)しむことができるようになるのではないでしょうか。
かつての日本人が自然に意識できた感覚「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしつかいじようぶつ)」に顕著なように、
草や木も人間と等しく成仏し、生命は因果を持って流転する、この自然と人間に確かにある繋がりと、
その繋がりとともに暮らしていた本来の世界観を取り戻して欲しいと切に願っています。
そこから変わる何かがあると信じて、本書は執筆されました。
本書を通じて、そんな「気づき」が多くの人々に訪れることを願ってやみません。
山道帰一 庚寅年七月二日于恵比寿